IR戦略の核心
- 澤拓磨 TS&Co.代表取締役 兼 最高経営責任者(CEO)
- 4月13日
- 読了時間: 8分
更新日:5 日前
概要
IR(Investor Relations)とは「投資家向けマーケティング」のこと
「理想のIR戦略」の視点で投資家を捉える場合は、既存投資家(株主・債権者等)のうち継続保有頂きたいターゲット投資家、既存投資家(株主・債権者等)のうち売却頂きたい非ターゲット投資家、新規投資家のうち是非投資頂きたいターゲット投資家、新規投資家のうちできれば投資頂きたくない非ターゲット投資家と捉えるとよい
理想のIR戦略とは、「CEO(代表取締役の役割と併せ取締役の地位も保持している場合が多い)をはじめとする取締役が持つリーダーシップ方針を実現するため、ターゲット投資家に、自社財産の継続保有及び新規投資頂くことを実現する戦略」だとTS&Co.は考えている
IR戦略は、「1.CEOをはじめとする取締役が持つリーダーシップ方針を正しく把握する」、「2.ターゲット投資家をリストアップ・選定する」、「3.ターゲット投資家向けコミュニケーション戦略を立案する」、「4.ターゲット投資家と対話する」、「5.1~4を継続的に実行する」の5つのプロセスを経る。特に、CEOをはじめとする取締役が持つリーダーシップ方針を正しく把握することが非常に重要。結果、自社ならではのターゲット投資家の選定が可能となる
CEOは、CEOにしか持ちえないリーダーシップ方針が求められるIR戦略領域にのみ関与すべき。IR戦略の核心は、既存・新規ターゲット投資家に選ばれ続けるリーダーシップであり、そのために、ターゲット投資家が、自社に新規投資、あるいは、継続保有した場合のリスク・リターンを正しく見極めるために有用な「CEOにしか持ちえないリーダーシップ方針」が求められる
東京証券取引所の動向や日本企業が対峙する資本市場からの要請を鑑みれば、IR戦略への関心は今後益々高まることは明らか。しかしながら、やるべきことは従前より大きく変わりはない。すなわち、理想のIR戦略を企図したIR戦略を、IR担当者だけでなくCEOが適切に関与しながら実行していくのである
理想のIR戦略
IRとは「投資家向けマーケティング」のことだ。
今夏には、東京証券取引所がIRの体制整備(IR担当役員や担当部署を置くことを求め、投資家向け説明会開催や投資家向け資料の充実を要請)を上場企業に義務化する等、日本企業のIRへの関心が高まっている。
そこで、本論考では、理想のIR戦略、企業はどのようにIR戦略を立案・実行していけばよいか。IR戦略の核心とは何か等について考察した。
そもそも企業は、IRで対峙することとなる投資家をどのように捉えればよいのだろうか。
例えば、株式投資家・債権投資家といった投資対象財産毎、機関投資家や個人投資家といった投資主体の属性毎、国内投資家と海外投資家といった投資家の所在地毎、等々、様々な捉え方が考えられる。
「理想のIR戦略」の視点で投資家を捉える場合は、以下のように捉えることをTS&Co.は推奨している。
既存投資家(株主・債権者等)のうち、継続保有頂きたいターゲット投資家:大口安定株主等
既存投資家(株主・債権者等)のうち、売却頂きたい非ターゲット投資家:グループ親会社等
新規投資家のうち、是非投資頂きたいターゲット投資家:継続保有及び資金需要時の迅速な追加投資を見込む投資家等
新規投資家のうち、できれば投資頂きたくない非ターゲット投資家:アクティビスト投資家(必ずしも、そうとは言い切れないが現在の市場動向を鑑み記載)
では、理想のIR戦略とは何か?
TS&Co.は、理想のIR戦略とは、「CEO(代表取締役の役割と併せ取締役の地位も保持している場合が多い)をはじめとする取締役が持つリーダーシップ方針を実現するため、ターゲット投資家に、自社財産の継続保有及び新規投資頂くことを実現する戦略」だと考えている。
次に、この理想のIR戦略の定義を前提に、企業はどのようにIR戦略を立案・実行していけばよいか?について紹介したい。
IR戦略のプロセスと要諦
IR戦略は以下5つのプロセスを経るとTS&Co.は考えている。
1.CEOをはじめとする取締役が持つリーダーシップ方針を正しく把握する
IR戦略は、CEOをはじめとする取締役が持つリーダーシップ方針を正しく把握することから始まり、この点に終わると言っても過言ではない最重要プロセスだ。
投資家は非常に多岐にわたり、投資家毎に需要も異なるため、全ての投資家向けにマーケティング活動をしていくことは非常に難しい。
従って、このプロセスで、CEOをはじめとする取締役が持つリーダーシップ方針を正しく把握することが非常に重要だ。結果、自社ならではのターゲット投資家の選定が可能となる。
2.ターゲット投資家をリストアップ・選定する
まず、CEOをはじめとする取締役が持つリーダーシップ方針に基づくターゲット投資家をリストアップする。
具体的には、事前の仮説として、既存投資家(株主・債権者等)のうち継続保有頂きたいターゲット投資家、新規投資家のうち是非投資頂きたいターゲット投資家の2つの切り口を大分類、株式投資家・債権投資家といった投資対象財産を中分類、機関投資家や事業会社といった投資主体の属性を小分類といった形で自社ならではのターゲット投資家像を構造化し、ターゲット投資家に関するリサーチ結果をリスト化する。そして、自社ならではのターゲット投資家内での優先順位づけを行い、ターゲット投資家を選定していく。
このプロセスでは、事前の仮説として自社ならではのターゲット投資家像を構造化することが非常に重要だ。リサーチ以前の仮説に対する深い議論を通じて、自社ならではのターゲット投資家像を具体化しておく必要がある。
3.ターゲット投資家向けコミュニケーション戦略を立案する
財・サービス市場においてコミュニケーション戦略を立案する際に検討する顧客ファネルの設計と同様の考え方のもと、ターゲット投資家向けコミュニケーション戦略を立案する。
ターゲット投資家向けコミュニケーション戦略の立案時は、ある程度顔が見えている状態で立案することができるため、例えば、財・サービス市場における一般消費者向けコミュニケーション戦略よりも具体性ある戦略を立案することが可能だ。
このプロセスでは、ターゲット投資家の普遍的な需要を把握し、的確に応える戦略を立案することが重要である。多くの場合、結果(業績等)と原因(外部環境の変化や内部環境の戦略)の因果関係をシンプルに伝えることが最も効果的だろう。
4.ターゲット投資家と対話する
株主総会、IR関連資料、投資家向け説明会、投資家との1 on 1 MTG等を通じて、ターゲット投資家と丁寧に対話をしていく。
このプロセスでは、人間同士の対話でないと伝えきれない自社の魅力を過不足なく伝えきり、認識齟齬を無くすことが重要だ。結果、フェアバリューの形成等にも繋がる。
5.1~4を継続的に実行する
多くの場合、CEOをはじめとする取締役が持つリーダーシップ方針は刻一刻と変化し続ける。つまり、自社ならではのターゲット投資家も自ずと変化し続けるのである。
従って、このプロセスでは、早期に、CEOをはじめとする取締役が持つリーダーシップ方針を即時把握できる仕組みを組織的に構築することが重要だ。
ある産業で市場シェアNo.1を長年堅持しているコングロマリット企業では、会長・CEOとIR部門の距離が非常に近く、1~4を継続的に実行する体制が整っていた。
そうした影響もあってか、この企業のIR担当者は、IRを明確に戦略として捉えており、著者との対話の中でも「自社は何の会社に見えるか?」「多くのメディアより当社が企図していない●●セクターと分類され、ターゲット投資家とも認識齟齬が生じている場合があるが、どのようなコミュニケーション戦略で対応していくべきか?」といった問いが飛び交う等、更なるIR戦略の高度化にも余念がない印象を受けた。
こうした強いIR部門を生む起点となるのが、早期に、CEOをはじめとする取締役が持つリーダーシップ方針を即時把握できる仕組みを組織的に構築することだと、TS&Co.は考えている。
CEOはIR戦略にどこまで関与すべきか?
理想のIR戦略、IR戦略のプロセスと要諦にて述べたように、IR戦略が扱う領域は企業全体でありCEOでなければ答えられない問いへの回答が求められる場面も多く存在する。
では、こうした性質を持つIR戦略に対し、CEOはどこまで関与すべきだろうか?
結論から述べると、CEOにしか持ちえない以下のようなリーダーシップ方針が求められる領域にのみ関与すべきだと、TS&Co.は考えている。
企業の重要な結果(例えば、中期経営計画にて掲げていた業績指標等)に対する原因に関する洞察の提供:決算短信・有価証券報告書・投資家向け説明会資料等に記載
重要な未来の原因となる短中長期の経営戦略に関する洞察の提供
既存大口ターゲット投資家及び新規ターゲット投資家向け説明会の主導
株主総会の主導
IR戦略の核心は、既存・新規ターゲット投資家を選ばれ続けるリーダーシップだ。
そのために、ターゲット投資家が、自社に新規投資、あるいは、継続保有した場合のリスク・リターンを正しく見極めるために有用な「CEOにしか持ちえないリーダーシップ方針」が求められる。
従って、普段から自社の経営結果の評価・分析や未来の原因(リーダーシップ方針)が定まっているCEOの場合、CEOがIR戦略に関与する時間自体は非常に短くなるだろう。
逆に、普段から自社の経営結果の評価・分析や未来の原因を思考することを怠りCFOをはじめ側近にこうした思考を委任してきたCEOの場合、CEOがIR戦略に関与する時間自体はさらに短くなるかも知れないが、既存・新規ターゲット投資家からの不信感が高まり最悪の場合はCEO解任議案の株主総会への上程にまで発展し兼ねない点に留意したい。
東京証券取引所の動向や日本企業が対峙する資本市場からの要請を鑑みれば、IR戦略への関心は今後益々高まることは明らかだ。
しかしながら、やるべきことは従前より大きく変わりはない。すなわち、理想のIR戦略を企図したIR戦略を、IR担当者だけでなくCEOが適切に関与しながら実行していくのである。
著者
澤 拓磨(さわ たくま)
TS&Co.グループホールディングス株式会社 代表取締役 創業者CEO
TS&Co.株式会社 代表取締役
経営変革プロフェッショナル
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